ケストレル

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ケストレル(OFS Kestrel)はオーシア国防海軍ベルカ戦争環太平洋戦争などで運用したヒューバート級航空母艦の7番艦である[1]。艦番号は30。

艦歴

ケストレルは1991年7月29日にヒューバート級7番艦としてオーシア国防海軍からニューポート・サーゴ造船所が建造契約を受けた。

ベルカ戦争

1995年3月25日に勃発したベルカ戦争で4月24日に連合軍はフトゥーロ運河奪還を目的とした戦域攻勢作戦計画4101号を開始。オーシア国防海軍第3艦隊を中心とする艦船が作戦に参加し、ウィーカー艦長指揮の下、ケストレルも試験航行のため部隊に編成・実戦投入された。F-4Eの艦載機部隊とウスティオ空軍第6航空師団の援護下で巡洋艦5隻、駆逐艦4隻と共にフトゥーロ運河の突破に成功する[2]

1999年2月にオーシア海軍に引き渡され、1999年3月27日に就役し、第3艦隊旗艦となった。

その後、2004年までにはニコラス・A・アンダーセン大佐が艦長となり[3]、2010年までの間に幾つかの紛争に従軍した。

環太平洋戦争

セント・ヒューレット軍港空襲

2010年9月27日12時頃のユークトバニアによる宣戦布告と同時に第3艦隊の母港であるセント・ヒューレット軍港がユークトバニア空軍機からの空襲を受け、停泊中だった第3艦隊の艦艇は不意を突かれ、多くの駆逐艦が停泊したまま沈没した。空母ケストレルからは艦隊防衛のため第7空母航空団第10戦闘飛行隊(VF-10)、第206戦闘攻撃飛行隊(VFA-206)のF-14A戦闘機が発艦し、迎撃に当たった。14時33分にサンド島から救援に駆け付けた同国空軍ウォードッグ隊が軍港に到着。それを前後にケストレルは空襲を生き延びたイージス艦エクスキャリバー、駆逐艦2隻と共に艦載機部隊、ウォードッグ隊の援護の下、湾外へ脱出し、湾外においてもユークトバニア軍艦隊の封鎖線の突破に成功した[4]

ホエールバード作戦

9月30日、ユークトバニア軍の攻撃を逃れた第3艦隊の空母はオーシアの内海に当たるベニオン海で部隊を再編成すべく、ケストレルはイーグリン海峡で空母ヴァルチャーバザード、駆逐艦フィンチと合流した。作戦中にユークトバニア海軍の艦載機の攻撃を受け、護衛に付いていた空軍のウォードッグ隊と艦載機部隊の活躍によりユークトバニア戦闘機を撃墜することに成功したが、その直後に潜水空母シンファクシ散弾ミサイルの攻撃により、空母ヴァルチャー、バザード、駆逐艦フィンチが沈没し、オーシアの航空部隊はウォードッグ隊とVFA-206のマーカス・スノー大尉の機体以外全て撃墜され、空母ケストレルのみ生き延びた。

カーウィン島へ

その後も数々の戦闘で艦載機が損耗し、戦闘機はスノー大尉が操縦するF-14Aの1機のみとなる[5]。母港はカーウィン島に移り、任務のない日々が続いた。

12月7日に戦争の黒幕である「灰色の男たち」の陰謀によりユークトバニアのスパイ疑惑をかけられた空軍のウォードッグ隊隊員達はサンド島空軍基地を脱出し、ソロ島に向かって飛行していた。この情報を受け取ったアンダーセン艦長はウォードッグ隊救助のためにスノー大尉のF-14A戦闘機をソロ島に派遣。全員を事前にベイルアウトさせウォードッグ隊が搭乗していたホーク練習機を撃墜し、軍には全員が死亡と嘘の報告をした。その後ウォードッグ隊は海兵隊のシーゴブリン隊によって救助されケストレルまで移送された。

12月9日、オーシアのハーリング大統領救出のためウォードッグ隊とシーゴブリン隊がケストレルから発艦。救出後、ケストレルは大統領の直接指揮下に入った。

12月22日、ハーリング大統領は戦争を止めるべく海兵隊と共に首都オーレッドへ向かった。

12月23日、ユークトバニアのニカノール首相を向かえるためケストレルは長いこと停泊していたカーウィン島を出航、セレス海に向かい、ニカノール首相を乗せたC-1輸送機とラーズグリーズ戦闘機部隊の機体を収容した。

セレス海海戦

12月29日17時21分、駆逐艦4隻を引き連れてセレス海を航行していたケストレルはユークトバニア艦隊と接触・交戦した。戦闘中、ニカノール首相の呼びかけに応じたユークトバニアの艦艇数隻が第3艦隊に合流した。戦闘中に別のオーシア艦隊が第3艦隊に接近し、第3艦隊を「裏切り者」と認識して攻撃したが、ラーズグリーズ戦闘機部隊によって全艦撃沈された。その後空母ケストレルを中心にした艦隊が編成された。

最期

2010年12月30日、スーデントールグランダー社を攻撃するためのウィンター・ストーム作戦の作戦準備中に所属不明の潜水艦から発射された対艦ミサイルの2発がケストレルに命中した。1発目は右舷の艦橋側面、2発目は右舷前方の側面部分であった。被弾後、艦が傾斜する中でアンダーセン艦長はラーズグリーズ隊の射出を最優先させつつ総員退艦を命じた。ラーズグリーズ隊の発艦は成功し、射出要員も退艦し最後に退艦したアンダーセン艦長も退艦に成功した。撃沈に際して戦死者は出なかった。

戦後、スノー元大尉が所属するサルベージ会社によって深度300mの海底に沈んでいる様子が確認された。格納庫にはラーズグリーズ隊が最後の作戦で使わなかった予備機も残されていた。その後、アンダーセン艦長は元部下とともに潜水艇に乗り、沈没したケストレルを訪れた。

所属部隊

ベルカ戦争時

  • 番号不明の航空隊:F-4E

環太平洋戦争時

出典

  1. PS2/エースコンバット5 BACK GROUND 設定資料.バイダイナムコエンターテインメント公式サイト
  2. ACE COMBAT ZERO - THE BELKAN WAR、ミッション04「戦域攻勢作戦計画4101
  3. ACES WEB:ACE COMBAT™ 5 THE UNSUNG WAR (Youtube)、ACE COMBAT Channel、該当時間: 9:30、2024年12月15日閲覧。
  4. ACE COMBAT 5 - THE UNSUNG WAR、ミッション03「間隙の第一波
  5. ACE COMBAT 5 - THE UNSUNG WAR、ミッション05「第三艦隊集結